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沈丁花の香る道で

2007年
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「歩道橋の上で」

いとおしいメロディーと演奏に

 「世界中であなたしかいないなんて思ってた あの頃がいとおしい・・・」という岡本おさみのこの言葉だけを読むと、申し訳ないがヒネリもなく平板な印象の詞だ。沈丁花の香りの中、過ぎし日の恋を思う。老境を感じさせるというか、悪く言うと爺臭い。
 しかし、これにメロディーと演奏がつけられて歌われた、ひとつの楽曲として聴くとどうだろう。拓郎のメロディーは、この平板な詞に、奥行きとドラマチックな展開を与え、岡本おさみが訴えたかったであろう「哀愁」が最大限に生かされている。特に「心さえも 心さえも 抱きしめていたかった」のあたりのメロディーの乗せ方と歌い方がたまらない。心にたたみかけるような詩情がある。ともすると演歌調になりそうなところを、持ちこたえて、ブルース感のあるポップなメロディーにもっていく巧みさ。拓郎の独壇場だ。そして聴く者の頭の中にも、沈丁花の香りが漂ってきて「哀愁」を湛えた主人公のたたずんでいる情景をリアルに描き出す。
 演奏は、まずイントロの石川鷹彦のギター・ワークがしびれる。カッチョエエ。誰もがアルバム「元気です」が頭に浮かぶに違いない。そこにキーボードが橋渡しをかけて、心地好い演奏にいざなわれていく。この「歩道橋の上で」の演奏には盤石感がある。シンプルでありながら、丹念な演奏。達者なミュージシャンというだけではなく、音の中に“バンドなんだ”という気骨がかくし味のように生きている。石川鷹彦、島村英二、エルトン永田、徳武弘文・・書くと、ああ名盤「ローリング30」の伝説の箱根ロックウェルチームではないかと思い頷ける。まさに78年「ローリング30」からちょうど30年後の熟達した演奏が聴けるのだ。
そんな「歩道橋の上で」は、なぜアルバムとして出さなかったのか残念でならない。あのCD+DVD+フォトブックと言う謎の「歩道橋の上」は、CDショップでは場所をとるからか一切見かけない。これじゃ布教のしようがない。Contryツアーとともに志半ばで倒れたという事情があったにせよ、「ウィンブルドンの夢」と「錨をあげる」を入れた8曲あれば、アルバムとしてまったく遜色がない。
 そこにはオトナの事情とか拓郎の完全主義のためだろうか。でも拓郎も、かつて実質の新曲7曲だけで、アルバム「ひまわり」を堂々と出したんだから、いいじゃないかよという気がする。
 いずれにしても、この「沈丁花の香る道で」という作品は、ちょうど冷蔵庫に残った食材を使って、すげぇ美味な高級料理を作り上げる一流料理職人たちの技を観るようだ。自分で言っててすげぇ失礼だが。

2015.10/10