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現在の現在

1988年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「MUCH BETTER」

老いから始めよう

 1985年のつま恋で音楽界の第一線を離れて以来、実に3年ぶりのアルバム「MUCH BETTER」のアルバム最後を締める曲である。この年1988年のSATETOツアーでも、終演後のいわゆる客出しの音楽として流されたこともあった。というわけで吉田拓郎の深い思いのこめられたであろう一曲である。  この作品で、おそらく拓郎の言葉で、初めてある種の「老い」というものが正面から語られた。長い沈黙明けのことでもあり、活動再開で景気よく復活ののろしがあがるものと信じていた自分には、意外な肩すかしとなった。
「肉体の奴は今鋭さを失ってだからこそその肩に時が見え隠れ」「どうしてという僕はたぶんもういない 新しい歌が見つからないように・・・」拓郎を支えにしていたファンにとっては結構ショッキングなフレーズだった。吉田拓郎がこの活動再開の時によく口にしていたのは「等身大」ということだった。またその少し後には「自分の衰えたところを隠したくない」と語り、ある時は「老衰で死ぬ最初のロックミュージシャンでありたい」とまで語っていた。
 考えてみると”歳をとっても元気。若い者に負けないパワー”というのはすべてのミュージシャンにのしかかっている掟みたいなものだ。この掟の重圧はとても重く、みんな強迫観念のようになっているような気がする。だからこそ、必死で筋肉バカになって水を浴びたり、アリーナを自転車で走り回ったりするのだ。また若いミュージシャンに媚びるかのようにコラボを繰り返す。
 その意味で、こんなにはっきりと正直に「老い」を歌ったミュージシャンは後にも先にも絶対にいない。そこに拓郎の勇気と覚悟を思うのだ。そのずっと先の延長に「ガンバラナイでいいでしょう」もある気がする。
 「等身大」とはわかったようでわからない言葉でもある。拓郎だってたぶん自分の等身大がどれだけのものかわからないに違いない。拓郎の考えていた等身大とは、少なくとも伝説や勝手な世間のイメージに振り回されることを拒否し、「音楽家」としての自分に徹することなのだろうと思う。老いを認め、負けるべきところは負け、余計な枷はできるだけ背負わず、自分の大切なものに向き合うこと。拓郎は、2009年のインタビューでも「イベンターではなく音楽家でありたい」と自ら語った。また2008年には「音楽のそばで倒れたい」とも語った。「老いを認めること」と「終生音楽から撤退しないという決意」はコインの表裏みたいなものだ。
 そういった意味でこの作品や「ガンバラナイでいいでしょう」は、これからの老境を生き抜く私たちや世の人々への貴重なメッセージソングなのだが、この世間ではなかなか受け入れてもらえないところに拓郎の小さな不幸がある。
 幾星霜を経て、この歌を聴くと、拓郎の歌い方には実に心が込められていて、あきらめではなく静かな力が湧いてくるようだ。虚飾を捨て、堂々と老いを受け入れることで湧き立つチカラというものがあるのではないか。

2015.10/3