今は恋とは言わない
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「午前中に・・・」
家を捨てた男が見つけた家
2009年のアルバム「午前中に・・・」は出色のアルバムだ。「60歳を超えて代表作を更新することの凄さ」は、何かとウルサイ拓郎ファンをも唸らせた。そのことを大前提に敢えて言いたい。この曲だけはちょっと失敗かも。
妻との夫婦喧嘩の後、深夜にモヤモヤしながら水割りを作る拓郎。 メロディーがマイナーで単調な繰り返しで殆ど語りのようだ。そのうえアレンジと演奏が「陰鬱な」重苦しい雰囲気を醸し出している。聴き手も取扱いに困る。途中で突然転調してレコードで言えば針が飛んだか、CDならばスキップしたのかと驚く。ただ、ここでメロディーが明るく展開するのかとの期待も虚しく、いつの間にか最初の陰鬱な雰囲気に引き戻されて、あれれれ・・・という救いのない感じで曲が終わってしまう。
「僕たちはこれからもずっと危なっかしいけれどそれなりの人生をつづけていきしょう」と拓郎はあっさりと締めくくってしまうが、聴き手はなんか釈然としない。どうすりゃいいんだ。
夫婦喧嘩がテーマならば例えば「気分は未亡人」のようにコミカルでメロディアスな感じで歌いとばしてくれれば聴く方も救われる。反対に、この陰鬱な曲調で夫婦喧嘩を語るなら、どうしてここまでの喧嘩をしたのかその原因、拓郎の「譲れぬ一線」とは何なのかを具体的かつ徹底的に歌ってほしい。それも困るか。いずれにしも中途半端さが残る。
それに、そもそも何より深刻な曲調で「危なっかしい」夫婦生活のことを歌っても、この夫婦の絆が何より安泰なのだということをファンは確信している。最近のラジオ等で語られる拓郎の良き夫ぶりとその努力の様子は、昔の拓郎のイメージからすると少し驚く。拓郎は「自分が作った曲を最初に聴かせるのは妻」であり「その妻の評価をとても気にしている。妻が口ずさんでくれる曲こそが成功だ」とまで言う。
1999年のTBS「情熱大陸」のドキュメントの時に明かされた森下愛子との夫婦の会話が忘れられない。
「オレもう『吉田拓郎』辞めたいんだけどいいかな?」「うん、私はずっと前からそう思っていた。」
『吉田拓郎』であることを求めつづける世間と周囲に対して、もうそんな荷物は降ろしていいと言ってくれる妻。たぶん、これで拓郎はイチコロだったのではないか。おいおい。「暖かな家」を出て放浪の果てに、拓郎は再び大切な「家」を見つけたのだ。
拓郎にとって今の夫婦の生活は長い旅の末に辿り着いた安らぎの場所であり、拓郎には、今の夫婦生活を終着点・終の住みかとするという固い決意がうかがえる。そのための拓郎の日々のかいがいしい努力があり、そのことを歌おうとしたのではないか。すべては憶測だが。「家へ帰ろう」そして家への帰り道を歌ったという「僕の道」と並んで
不動の家路路線とでもいうべきものを感じる。
2015.10/3