星降る夜の旅人は
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「月夜のカヌー」
放浪の夢は駆けめぐる
草露に濡れ、土のベッドで寝返りを打つ旅人の歌。2003年に、こういう歌はそぐわないかもしれない。アルバム「月夜のカヌー」の制作の際に、拓郎は、この作品は没にしようと思ったが、岡本おさみのたっての希望で収録したという。
2006年のつま恋が終わった翌日、ホテルの玄関で岡本おさみさんにお会いし、短い時間だったが、ファンみんなで彼を囲む機会に恵まれた。ニコニコしてとても気さくな方だった。記念写真にも応じていただけた。
「みなさんはこれからどうやってお帰りですか?」と問う岡本さんに、一人が「掛川から新幹線で帰ります」というと「あ、僕も同じだ」とおだやかに答えられた。・・・この作品が頭にあった私は、脳内で「新幹線で帰るなよ」「歩いて帰ると言ってくれよ。」「せめて在来線にしてくれよ。」とツッコミを入れまくっていた。しかし、時代的にも、岡本さんのご年齢からも、この作品のような旅は現実にはあり得ないことなのだろう・・と失礼ながら思い直した。
むしろ、もはや昔のような旅が出来なくなった今だから、彼は自分の「放浪の魂」をこの歌の中で旅人に託したのだろう。だから、この詞には、岡本おさみの大切にしていた「旅」のエッセンスが凝縮している。昔日の旅に思いを運ぶ旅人の姿を思う。日々旅にして旅を住処とした歌人松尾芭蕉。彼の辞世の句「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」を思いしてしまう。
拓郎は、没にしようと思っていたにもかかわらず、このメロディーは、実に優しく美しい。のどかでゆったりとしてわかりやすく、時代を超えて心にしみこむ「唱歌」のようだ。「もしもぉ もしもぉ」のところ切なさ漂うメロディーと歌唱もたまらない。拓郎の詞の咀嚼力と音楽表現力を感じずにいられない。
旅人の夢が枯野を駆けめぐる・・・・そのさまよえる夢にやさしく寄り添う歌になっている。その意味で松尾芭蕉を超えた・・と私は思っているのだが。
2015.12/20