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歩道橋の上で

2007年
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「歩道橋の上で」

旅の宿からの時間を抱きしめて

 60歳を超えて、つま恋のイベントを成功させた拓郎は、岡本おさみに「さぁ新しい歌を作ろう」と呼びかけ、60歳を過ぎた二人の共作「歩道橋の上で」が出来上がった。
 かつて二人のプロとしての共作活動の嚆矢となった名作「旅の宿」は、岡本おさみが新婚旅行で訪れた蔦温泉が舞台である。そしてその35年後に作られたこの作品でも青森県の蔦温泉が舞台に描かれ「旅の宿」の続編ともいうべき作品になる。
 しかし続編と言っても、例えばフルムーンの夫婦が新婚旅行先を再訪したりするようなJTBのCMみたいな世界とは違う。「旅の宿」とは別のカップルを措定し、都会の歩道橋の上から観た雑踏と蔦温泉の風景を携帯電話で結んでみせた。旅人は都会に佇み、蔦温泉の旅の空の愛しい人の声に想いを馳せる。「旅の宿」に全面依拠する続編ではなく「奥入瀬蔦沼」「俳句を詠む人」という小さな「連結点」をヒントのようにしのばせる。この点を通じて、聴き手にはかの「旅の宿」の歌と情景が不即不離に浮かんでくる。
 そしてファンにとっては「旅の宿」だけではなく、自分が「旅の宿」を初めて聴いた時から現在に至るまでの長い時間までもが一緒に浮かび上がってくるのだ。実に粋で見事な「続編」である。
 さらにもうひとつの音楽的な連結点として、かつて「旅の宿」を御大と創り上げた石川鷹彦のギターの美しさがこの作品際立つ。この寂寥とした美しいギターのイントロの音色からしてもう胸わしづかみである。
 こういった様々な仕掛けのため忘れがちだが、何よりこの作品のメロディーの美しさと完成度が素晴らしい。というかこの作品に一篇の新しい楽曲としてのチカラがなければ、この続編プロットは成り立たない。「蛍が綺麗よ 見せてあげたい」・・名曲「蛍の河」までもが頭に浮かび、奥入瀬の蔦沼に映える星の雫の情景、木造りの宿の趣、・・・という蔦温泉の美しさを知らせる彼女のはずんだ語りの部分は、ゆったりとしみじみと歌い上げられる。それを都会の雑踏の歩道橋の上で心をほころばせながらかみしめる「僕」。その僕の心情になるとドラムが静かに刻まれ曲が展開を始めるかのようだ。蛍や星の煌めきと歩道橋の上のヘッドライトとの見事な行きつ戻りつするような対比が素晴らしい。そして噛みしめるように繰り返される「歩道橋の上で」のフレーズが味わい深い。
 このようにつま恋後の新作として、懐かしくも新しい名作が生まれたのだった。2007年はコンサートツアーの中止という意味ではさんざんな年だったのかもしれないが、この「歩道橋の上で」とそのアラウンドの新しい作品が得られたという意味では、実に大切な一年であったと思う。ところでネットで一瞬流れたデモテープで御大は「奥入瀬」を「おくいりのせ」と歌っていた。ふー、危なかったぜ。

2016.1/30