uramado-top

ひとりだち

1975年
作詞 松本隆 作曲 吉田拓郎 唄 白鳥哲  

もう少し頑張ってみてくれよ


 ドラマ「寺内貫太郎一家2」の劇中歌。「時間ですよ」に始まる「水曜劇場」の天地真理、浅田美代子ら屋根の上のギター弾きアイドルの流れをくむ15歳の少年、白鳥哲が歌う。中学卒業後上京して石工の修行をしている少年として登場する。
 当時15歳ということで自分と同じ歳だったので印象が強い。つま恋75が特集されていた週刊明星の別のページに載っていた「白鳥哲ストーリー」を覚えている。芸能界入りに反対する母親を、おばあさんが説得し背中を押してくれ、ついに吉田拓郎作曲の歌でデビューが決まるという栄光のサクセスストーリーだった。寺貫ワールドの中では珍しくフランス系の美形だった。まず蒲田あたりにはこんな美少年は歩いていなかった。向田邦子さんのチョイスだったのだろうか。
 しかしトテモ残念なことに歌はかなりヘタだったのだ。あらららというボーカルに、♪押し花ひとつぅ~ぅぅうという拓郎特有の節まわしのあたりで、聴くものをトホホの海に思い切り突き落としてくれる。というわけで松本隆・吉田拓郎というゴールデンコンビにもかかわらず残念な崖っぷち曲となった。
 というわけで、レコードも買ってないし、歌番組に出ていたわけでもないので、しっかり作品として聴き込んではいなかった。10年くらい前に「水曜劇場」のコンピレーションアルバムに収録されたのを機会にゆっくりと聴くことができたが、やはりトホホなままだった。しかし作品としてのクオリティはまた別の問題だ。

 10代の少年がひとり上京し、故郷の彼女を思いながら孤独な生活を送る。1975年の松本隆は、この白鳥哲「ひとりだち」の他、かまやつひろしの「水無し川」、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」などの詞を発表したが、どれも故郷からの旅立ち=上京がテーマになっている。
 「ひとりだち」は年端も行かない少年が、「木綿のハンカチーフ」は夢を追う青年が、「水無し川」で夢を食い詰めたやさぐれが、それぞれ大切な人を故郷に残して旅立つ。私は、これを1975年の松本隆の「上京シリーズ」と呼びたい。って森繁の社長シリーズか。  「木綿のハンカチーフ」については、東京生まれの松本の都会の詞は地方の人にはウケないとディレクターに言われたことがキッカケになっているらしい。しかし、行きつ戻りつする微妙な心情を描くことにかけては、まさに松本隆の独壇場だと思う。
 この「ひとりだち」は無名であるが、これとても傑作である。上京して淋しくて故郷のあの娘のことを思う。「ああ戻りたいけど戻れない 生きてれば泣くこともたまにはあるさ」~この若さが初々しい。「カセットテープに声吹き込んで一人二役さみしいね」~旺文社のカセットLL英会話か。何だそりゃ。青臭く、だからたまない思春期の心情。「もう少しこの街で頑張るよ」→「気がつけば温かい人ばかり」→「もう僕はひとりだちできるはず」と少年がオトナになるステップが綴られる。
 たぶんフォーライフ設立、つま恋リハーサルと超忙しい時期に作られたであろうこの曲は、拓郎の思いつくままに身体からあふれたメロディーをえーいとそのまま曲にしている感じもする。そのテキトーさに天才の魂は宿る。
 上京の孤独をテーマにしているが、拓郎のメロディーは、テンポよく小気味よい。若さの躍動を感じる。「ああ、戻りたいけど戻れない」で盛り上がるメロディーが、最後の「もう僕はひとりだちできるはず」のところでは少年が自分の心にしっかりと言い聞かせている様なダメ押し感がしめくくられているところがまたイイ。

 大切なことは、10代の少年の孤独な旅立ちに寄り添う作品が松本隆吉田拓郎によって残されていたという事実だ。この曲が崖っぷちに消えてゆくというのは、やはり寂しい。それに個人的には、大好きな向田邦子ドラマと吉田拓郎の数少ない紐帯なのである。  しかし、残って欲しいと思うのだが、申し訳ないが原曲のボーカルはヘナチョコなので、やはりここは崖メロ探検隊でいうところの「堂本案件」である。
「堂本案件」とは、オリジナルの歌唱がイマイチの場合、あるいは復刻が難しい場合、KinkiKidsにカバーしてもらいたいという処理案の方針である。彼らの超絶アイドル性、オーラ、歌唱力、音楽力をもってすれば、かなりの楽曲の蘇生=崖っぷちからの救済が期待できるというものである。しかし、この隊で堂本案件とされても、KinkiKidsに対してなんのコネもパイプもないことにご注意いただきたい>あったりめぇだろ。
 気がつくと堂本くんらもかなり歳がいってしまったので、もっと若手でもいい。だれかカバーしてはくれまいか。ちゃんとした歌唱で聴いてみたい一曲である。

その後「草川祐馬」という当時のアイドル=♪死んだ兄貴がオレを殴った若者時代。彼が「ひとりだち」をカバーしていたのだ。この事実は、私にはかなりの重大事なのだが、この感動を誰も共感してくれない。人々は「知らない人が歌った知らない曲を知らない人がカバーしている」という学食のハムより薄い反応である。けっ。この国を見限ってやるのはオレの方だ。 草川祐馬は歌も結構うまかった記憶がある。なので草川祐馬バージョンには期待が募る。今、その中古レコードを買うかどうか思案中だ。アルバム「何をためらう若い日に」…なんてぇタイトルだ。タイトルだけなら「今はまだ人生を語らず」にも負けていない。

2019.8.15