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ひとりぼっちの夜空に

1991年
作詞 康珍化 作曲 吉田拓郎
 アルバム「detente」

見上げてごらん夜の星を・・を見上げて

 もともとは、中村雅俊のアルバムへの提供曲だった。シングルではなくアルバムの一曲ということで、もともと勝負曲的なチカラがはいっていない。中村雅俊のどこか”のどかさ”が漂うボーカル・テイストにもあっているかもしれない。
 そして、アルバム「detente」に収められたこの本人歌唱も、穏やかで柔らかいテイストに仕上がっている。やっぱり御大、唄うまいなぁ。おい。わかりやすくシンプルで美しいメロディー。個人的には、1番の歌い終わりから間奏に入るところのギターのメロディーが、なんとも胸わしづかみだ。 とにかくていねいにつくられた逸品だ。
 はっきり言って岡本、松本、石原各氏の詞と比べるとパンチがなく、ソツのない薄味料理のような康珍化の詞が、この作品では、てらいのない、いい形で生きている。

 この作品が収録されているアルバム「detente」は、「緊張緩和」と翻訳される。それまでの拓郎の「緊張」とは何だろう。おそらくは、一人のミュージシャンにとどまらず「スター」であり「神」であり、「カリスマ」であることを周囲から求められる、そういう重荷のことではないかと想像する。その期待に応えるためには、作品もパフォーマンスも「切った、張った」的なものを求められてきた。そういうところから降りて行くことなのではないかと思う。
 アルバム「detente」のプロモーション・インタビューで、これから自分は、坂本九が歌った「見上げてごらん夜の星を」を挙げて、老若男女すべての人の心にしみわたるこういう歌を創って歌い上げて行きたいと語っていた。ずいぶんと意外な作品が出て来て驚いたものだ。ロック、フォーク、R&Bでもなく、何より拓郎本人の「落陽」「人生を語らず」のような作品群とも隔たりを感じる。拓郎の心の中に、この作品が大切に鎮座していたのだった。
 誰もが歌え、誰の心にも入り込んでくるシンプルで美しいバラード。「detente」の心境を音楽で説明すると、この「見上げてごらん夜の星を」になるのかもしれない。一般Pの私が言うのもホントにおこがましいが、ああ、このお方は、本当に根っから音楽を愛している音楽家なのだなと感じ入った。
 ヒットするかしないか、売れるかどうかという、さもしいレベルの話ではなく、たくさんの人々が心豊かに歌える「スタンダード」を拓郎は、見つめていたのかもしれない。というわけでこの作品「ひとりぼっちの夜空に」は、吉田拓郎にとっての「見上げてごらん夜の星を」に違いない。それこそが吉田拓郎の「detente」の意味を体現しているのだと思う。この作品に限らず、同じアルバムの「青空」「たえなる時に」などの作品も、通底するものがある。そして憶測にすぎないけれど、さらに「吉田町の唄」に繋がっていくのではないかと思ったりもする。

 昔、拓郎の公式FCのHPで、メールすると、たまに拓郎が返事を返してくれる制度があった。「ハワイ島の天文台で星空を見上げて「ひとりぼっちの夜空に」を歌いました」と、私は、あざといメールを出したことがあった。御大は短い返信をくれた。「ハワイか、いいなぁ、ちくしょう」。

2015.10/13