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花嫁になる君に

1971年
作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎
アルバム「人間なんて」

それぞれの岸辺と人の心のアヤについて

 「ハイライト」でも書いたように「ハイライト」とこの「花嫁になる君に」が、岡本おさみとの共同作品のスタートであり、同時に作詞家岡本おさみのデビュー作となる。しかし岡本おさみは「ハイライト」のコミカルさにクレームをつける。いきなり最初から衝突する二人。それでも拓郎と訣別せずに共作を続けたのは、この「花嫁になる君に」という作品が素晴らしかったからではないかと思う。
 原題は「花嫁になるルミへ」。なんとまあ具体的だ。まだ作詞家ではなかった岡本おさみが、実在のルミさんが去っていく心の喪失感をノートに書き留めた言葉を拓郎が拾う。岡本おさみは、かつてインタビューで述懐する

 「「花嫁になる君に」の歌い出しには驚きましたね。「指が触れたら~」と歌い始めたんですが、感情を露骨にしないで書いたつもりだったんですよ。ところがいきなりあのメロディーであの歌い方。ストレートに言葉が飛び込んできて、こちらも一気に熱くなる。感動しましたね。」

 岡本おさみは「熱さ」というが、この拓郎の「熱さ」は、岡本氏の繊細な思いをきちんと読み取っている。それはこんなことでもわかる。

  “「そちら」から電話を切ったから、君はもっと他の事も言おうとしてたんだろう”

 実は恥ずかしながら・・と言いつつ、いたるところで自慢しているのだが、子どもだった私は、このくだりが理解できなかった。「そちら」ではなく「こちら」から電話を切ってしまったからこそ、君は他の事も言おうとしていたんだろう・・とつながるのが論理的ではないか? という趣旨のハガキを当時の御大のラジオ番組「セイヤング」に向けて書いたことがあった。なんと無謀な。
 ところが拓郎は番組でこの質問を読んでくれた。
 「確かにそうだけれど そこに女の人の心の”アヤ”というものがあるんだよ」「君から電話を切ったから まだなんか言いたかったのではないかと想ってしまう・・ココ、わかるかなぁ」と詞の美しさとは何かにからめて、優しく諭してくれたのだった。
 言いたいことがあるからこそ自分から電話を切ってしまう女性がいる。そして、それを察する男性がいる。その二人が静かに別れていく、なんとも繊細で深い世界なのだろうか。今ならわかる。言葉を紡ぐ方もメロディーをつける方もはかりしれない深奥で結びついている。
 またその背景を穏やかな川の流れのようにやさしく流れる小室等の12弦ギターの美しさといったらない。以来、弾き語りのギターが映える定番曲として生き続けている。
 岡本おさみにとって、この作品は、自分の身体から絞り出した苦い言葉が、命をもって躍動するという至福の体験であり、それは同時に作詞家・岡本おさみの誕生の瞬間でもあったわけだ。よく言われるように、岡本おさみがいなければ、「旅の宿」も「落陽」も「襟裳岬」も「アジアの片隅で」も「マンボウ」もなかったのだ。しかし、拓郎がいなければ、そもそも作詞家岡本おさみはなかったのではないか。この深い「縁」こそ、音楽の神様が与えたもうものとしか考えられない。
 しかし運命の二人は、ベッタリと肩を組みあったりせず、微妙な距離を取りながら進んでいく。岡本おさみは、拓郎とのことを「ぼくの向う岸に居て、お互い手を振ってるような」関係と語った。
 二人の作品は、「こちら」の岸辺と「そちら」の岸辺の間を、ある時は激しく、ある時は静かなせせさらぎのように流れていく川のようなものかもしれない。ホントに彼岸と此岸になってしまったのだが。

2016.5/7