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午前0時の街

1976年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「明日に向って走れ」

靴音のメロディーに酔う

 この歌のような気分の深夜の帰り道はきっと誰にもあるはずだ。大変なことも多く疲れ果てる日々。とりたてて良いことがあったり幸福だったりするわけではないけれど、お酒も入って、そよぐ風が心地よくて、少し気分がいい深夜の帰り道。それを幸福というのかもしれない。
 拓郎はそんな深夜の気分をきちんとつかまえていてくれる。「午前0時を過ぎると何もかもがチャーミングに見えてしまう」と拓郎は語っていた。また「靴音に酔う」という御大の言葉が最近(2015)あった。そう言われると「靴音のメロディー」という情景が大切に思えてくる。

   「疲れた街並みにお酒を一滴。胸の渇きが潤ったなら。可愛い君を誘ってみよう。」
   「午前0時の街はいかがですか 似合いの服を選んで着る様に好みの店に・・・」
   「優しいあの子と一緒に待ってます」

と拓郎の詞はどこまでも優しい。
 この作品が収録されたアルバムは、1976年、離婚と愛娘とのわかれという悲痛時の背景が色濃い「明日に向かって走れ」。前作「今はまだ人生を語らず」の意気軒昂さと比べると別人のような趣だ。だから「パワーダウンした」、「拓郎はダメになった」と富沢一誠などはコキ降ろしていた。それにフォーライフ設立第一弾の拓郎の新作ということで世間の期待と耳目が過剰に集まったのもこのアルバムにとっては不幸なことだったと思う。「期待外れ」「残念」なアルバムというのが当時の率直な評価だろう。拓郎も「このアルバムはかなり評判が悪かった中でも評判が悪かった(笑)」と後日語っている。
 しかし時間が経って、私たちが大人の辛酸を味わうに連れて、このアルバムは静かに輝きだす。この作品もそうだ。前作の「今はまだ人生を語らず」では「三軒目の店ごと」というイケイケの酒盛り曲があるが、その曲と対をなすような静かなる酒の歌でもある。前者は宴会の主催者であり、後者は一歩引いて静かにたしなむ傍観者の歌だ。どちらが良いかという比較選択の問題ではなく、二つの極(曲)が用意されているところが大切なのだと思う。
 この作品はメロディ先行で作られたと拓郎が語っていた。けだるくも優しく美しいメロディー。この曲に限らずこのアルバムでは、駒沢裕城のペダル・スティールが大活躍する。当時、加藤和彦のオールナイトニッポンに出演した拓郎が、このペダルスチールのおかげで全部同じ曲に聴こえるようになってしまったと苦笑していた。しかし、このアルバムの悲しみと切なさのすべてはこのペダルスチールに凝縮しているような気がしてならない。この曲の間奏を聴くだけで胸がつまる。このおかげで、例えばユーミンの曲で駒沢裕城のペダルスチールを聴くだけででこのアルバムを思い出し、切なくなってくる。しっかり条件反射か。  

2015.12/12