ガンバラナイけどいいでしょう
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「午前中に・・・」/アルバム「18時開演」
「頑張る」という鎖を身をよじってほどいていく
2007年コンサートツアー”Life is a Voyage”の途中中止の衝撃。その年が明けた2008年2月。世間の表舞台から消えていた拓郎はようやく単発のラジオ番組に出演し近況報告をした。そして明言した。「コンサートツアーは、もうできません。来年(2009年)でツアーから撤退します。」あの時の心の中に風穴があいたような気分は忘れられない。
その数か月後の8月。再びのラジオ出演で、今の心境を歌にした「ガンバラナイけどいいでしょう」という歌をレコーディング中だと語り、サワリの部分を披露した。・・・・ガンバラナイけどいいでしょう。拓郎の歌、拓郎という存在を支えに「頑張ってきた」多くのファンにとってはかなり厳しいメッセージだった。拓郎のコンサートと拓郎の姿に励まされて命をつないできたファン。「コンサートツアーの撤退」「もうガンバラナイ」という二つのメッセージは、ファンとしても「終末」を突き付けられた思いだった。
そしてこの作品は2009年に公式リリースされた。美しいギターと優しいピアノの音色にガイドされながら「今日はいったい何がどうしちゃったんだろう」につづく歌詞は「頭が重い」「胸がスッキリしない」「動きたくない」という患者のカルテに書かれた「主訴」が続く。前代未聞の始まりの歌だった。そこに勇猛果敢な拓郎の姿はない。しかし、歌が進むに連れて、この歌の主題が見えて始めてくる。
「もっともっとステキに いられるはずさ」
「きっとこの頃何かを皆 気にしてるんだね 誰かの顔の色も気にかかるんだね」
「そこよりもっともっと それよりももっと心が痛くならない つらくない所」
この歌は進むことを放棄しまったり撤退する歌ではなく、あらゆる「しがらみ」から自由になっていくための歌であることがわかる。自分の本来の歩みを取り戻すための歌。中島みゆきの「ファイト!」に「あきらめという名の鎖を身をよじってほどいていく」と名句があるが、この歌はまさにその歌だ。考えてみれば、コンサートの撤退もガンバラなくていいという歌をテーマにすることも、誰より拓郎自身勇気のいった決断であったろう。「歳をとっても元気」が美徳と国是であるこの国にあっては、いろんなマイナス評価を受けることも覚悟のうえだったに違いない。まさに身を挺して、がんじがらめの鎖をほどいていく歌なのだ。
それが証拠にライブでの歌と演奏は圧巻だった。この曲が、力強くライブを高揚させ、観客を牽引していった姿は忘れられない。決して情けない歌でも撤退の歌でもない。自分の一歩を取り戻すという歌のテーマが見事に観客に伝わったのだと思う。またしてもツアーが中途で終わってしまうという厳しい無念があった。しかし、この歌は、その無念さをも大きく包み込んでしまう壮大な強さのある歌だと思う。この歌がファンだけでなく、あらゆる場面で苦しむ人々に涼風のように広がってくれればと願う。CMでローラが口ずさんでくれた、あの感じなんだよなぁ。
2015.12/12