英雄
作詞 松本隆 作曲 吉田拓郎
アルバム「ローリング30」/アルバムTAKURO TOUR 1979」/DVD「79 篠島アイランドコンサート」/DVD「TAKURO YOSHIDA IN BIG EGG」/ DVD「吉田拓郎LIVE~全部だきしめて~」
生きている時こそのありったけの愛と賞賛
不思議なことにアルバム「ローリング30」は21曲も入っていながら、シングル・カットが一曲もない。とはいえシングル・カットのプランがなかったわけではない。発売当時、封入のアンケートはがきや拓郎のセイ・ヤング等でどの曲をシングルカットするかの人気投票が行われた。アンケート結果のベスト3は「外は白い雪の夜」「ローリング30」そして「英雄」だった。こういうハードなロック作品を待っていたというファンは多く、そういう自分もこの作品の圧倒的なカッコ良さに痺れて、この作品に投票したものだ。
本作の演奏は”ほぼティンパン・アレイ・チーム”で(詳しくは「裏街のマリア」参照)、アレンジは松任谷正隆。この松任谷のアレンジは拓郎も当初から絶賛していた。静かなピアノによる鎮魂から始まり、唐突にロックンロールになだれ込むドラマチックな演奏。怒涛の言葉のツブテ攻撃。
その歌詞も秀逸だ。この前年(1977年)に亡くなったエルビス・プレスリーへの追悼歌は、松本隆のベスト10に入る詞だと思う。大作詞家に、私ごときが申し訳ないが、「はっぴいえんど」の時の詞は、シュールというかまるで寝言のような低体温な詞だし、アイドルの詞の時は乙女心満開だ。その松本隆からこれほど熱くストレートな詞が出てくるとは。まさに「拓郎になりきって」書いたということが頷ける。それだからか「風街帝国」内ではスルーされてるかのようだが。
この詞の凄さは、単に憧れのスターの偉大さを讃え、急逝を悲しむだけではないところだ。
「君のこと タダの男と鞭を打つ人々もいた 許してよ 人の心はそれほどに弱いものだよ」
スーパースターであるがゆえに受けた厳しい仕打ちと苦悩の傷跡にまで心をめぐらす繊細さが素晴らしい。ここでこの作品に一層の深みが与えられる。マイケルジャクソンだって晩年は犯罪者の如く世界中に叩かれたが、死した後みんな臆面もなく自分こそ大ファンだったと競うように宣揚する。だったら、生きてるうちなんとかしろよと言いたい。
そして、どうしてもかつてマスコミや世間から叩き続けられたかつての拓郎のことを思ってしまう。あの時警察署を取り囲んだファン、世間のすべてが敵に回ったときにも、御大を支援したファンの方々こそ、真のファンだと心から尊敬する。御大が元気な今こそ、ありったけの愛と応援を注いでこそのファンなのだと痛感する。
そして作品の最後の締めくくりがまた胸を打つ。
「天に舞う男を追いかけて 僕たちは青い空へ駆けていく」
というフレーズは、英雄を失ったという悲嘆の中にも、聴く者に清々しく静かな力をくれるかのようだ。
そしてなんといっても魅力の核心は、拓郎のボーカルだ。こりゃたまらん。この作品はライブでは何度も演奏されたが、ことボーカルに関しては、このアルバムに現れた質感が残念ながら再現できていないと思う。一聴するとダミ声で早口で叫びまくしたてているだけに聞こえる。しかし、良く聴くと、このオリジナルは違う。声は荒れているが、伸びやかで豊か。情感深く、細やかな陰影をつけながらに入念に歌いこまれている。なんと素晴らしいボーカルなのだろう。この「ローリング30」のオリジナル盤が、数ある「英雄」のベストであることだけでなく、文化財かなんかに指定したいくらいである。
ところで拓郎は当初この曲のタイトルを「ヒーロー」と呼んでいたが、同じ頃、甲斐バンドの「HERO」が流行だすと、いつの間にか「えいゆう」になっていた。拓郎と甲斐は当時蜜月で拓郎は甲斐のことを暖かく応援していた。拓郎の親心のようなものを感じる。
2015.10/17