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男子の場合

2012年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「午後の天気」

男と男の関係も誰も知らないわからない

 「男子の本懐」ならぬ「男子の場合」というこの作品でアルバム「午後の天気」は締めくくられる。このアルバムには超特大ホームランはないが見事な長打、安打を広角にキレイに打ち分ける篠塚のバッティングみたいな巧みな吊盤である。これが齢70も見え始めた時の吉田拓郎のしかも現時点で最新オリジナル・アルバムなのだからとにかく凄いことである。ただ最後のこの曲に関してだけどうも凡打のようなシャキッとしない終わり方を感じる。十分破裂しなかった打ち上げ花火のような感じがしてしまう。
 拓郎は珍しく男子どうしのデリケートな関係を歌う。これまでは男子との関係はややこしくなったら全部スパっと切り捨てて孤高の旅に出るというのが拓郎のイメージだった。しかし意外にも相手の気持ちや動向をとても気にしており、届かぬ思いに気もそぞろな吉田拓郎がいる。天下の吉田拓郎をここまで思い悩ませる男性とは誰なのか。具体的に誰かは別にしても、相手の男の何が拓郎の心をそこまでゆり動かしているいるのだろうか気になるところである。歌詞は抽象的でそこのところもよく伝わってこない。鈴木茂のギターとアレンジもどこか落ち着かないソワソワした心情を表現しているかのようだ。ゆらぐようなメロディーは決して爽快とはいかない。
 思えばこのアルバムは、「恋はどこへ行った」「今さらI love you」で燃えたぎる男女の恋愛パッションが消えていくことを悩み、「慕情」で「同性愛」を描き「危険な関係」では男性デュオのさりげない愛憎を歌い「清流」で男親と息子の関係を、そしてこの「男子の場合」で男性の友人知人との距離感についての悩みを歌う。もしかすると男と女、男子と男子の関係の在り方を全面的に再考しようとしていたのだろうか。まったくの憶測だが。もちろんアルバムの中ではそう簡単に答えは出ない。だからこそ「人の心はどこを旅しているのだろう」という言葉を残して、このアルバムを終えているのかもしれない。言ってみればこのアルバムは「閉じて」おらず敢えて「開いたまま」終えようとしているのではないか。
 拓郎は当時のラジオ番組でもこのアルバムについてはほとんど何も語らず、リスナーの反響のメールを読むことすらも固絶していた。「『ひとりごと』なんだから勝手に聴いて勝手に思ってくれ」と語るのみ。あえて薄っぺらな結論やウソ臭い大団円は拒否したのだろう思う。
 これから吉田拓郎は、どこへ行くのか。どこかで新しい“恋するエナジー”が復活して新しいLOVE SONGを歌うのか。また男と女、男と男を超えた人間と人間との深い関係を歌っていくのか、あるいは「そのどちらでもないもの」を歌うのか。…わかるわけがないか。この作品も捨て置かずときどき聴き直しているといつかポロっとその答えの萌芽のようなものがわかるかもしれない。男女の恋愛も大変だが、男どうしの関係も永遠のアポリアなのである。

2020.4.18