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いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった

1992年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「吉田町の唄」/「18時開演」

海辺の叙景と夏のおもひで

 この作品は独特の味わいがある。真夏の陽射し、海辺の叙景、もの憂くてエロティックな空気、それらが淡くセピア色でコーティングされた別世界のイメージがある。まさに映画の中の一場面のような世界。「運命の口づけに言葉を塞がれ・・・」「新しい試練だからあなたが見えない・・・」などなど拓郎の言葉回しにはキレと情緒がある。エコーがかかった、やるせない歌いっぷりがさらにまた夢うつつの雰囲気を醸し出している。で、もちろんメロディーも聴いているうちにその中に溶けてしまいそうになる。深い陰影をたたえた味わい深い出来栄えだ。アルバム「吉田町の唄」は派手に取り上げられることは少ないが、何気に粒よりの秀作揃いで最強アルバムではないかと思わせる確信の一曲である。
 拓郎はMCで「この歌は猥褻な歌です。こんな歌を歌っていいのかと思います。」と語っていたことがある。真意はわからないが作った本人がそういうのだから、そうなのだろう。こんだけコカ・コーラを連呼しながら、本家コカ・コーラが感謝している様子が伝わってこないのとはそういうことなのか。
 しかしこの作品の美しさは、そういう作り手の意図や経験からも自由な独立した完成感がある。聴き手がそれぞれの夏の思い出や夏のドラマの思いを思い切り重ねることができる度量がある。
 コカコーラ。そもそも昔拓郎はコーラを飲めなかったはずだ。拓郎はコーラを飲めるようになったのだろうか。拓郎は「コ」がつく飲み物がダメだと昔から言っていた。コーヒー、紅茶、コーラ、ココア・・・若いころコーヒーを飲んで気絶したことがあったと真剣に語っていた。コーヒーは2009年のオールナイトニッポンでコーヒーを試飲するコーナーがあって無理して飲めば飲める状態になったようだ。歳とともに食味の変化によって克服したのだろうか。
 そして2018年の"From T"では、この曲のデモテープが収録されていたが、これを聴いて驚いた。この曲の独特の雰囲気は石川鷹彦らミュージシャン達とレコーディング技術の成果物かと思っていたまだが、このデモテープを聴くと全部を拓郎がひとりで描いて設計していたことがわかる。監督・脚本・撮影・音楽・出演の全部が吉田拓郎制作の映画みたいなものだったのだ。特にデモテープは、その独特の世界感が思い切り色濃く出ている。特にデモテープの歌唱のほうが、全力歌唱でない分、けだるくアンニュイな感じが際立つ。哀愁あるイントロはこの独特の世界にトリップするための合図みたいなものだ。ライナーノーツで書かれた、サンプリングで発見したというトランペットの間奏。この世界を一気に凝縮したような美しいメロディーだ。何度聴いても聴き惚れる。これもみんな拓郎が作っていたのだな。あらためて感心し、何度でも聴いてみたくなる。
 2009年のライブでも演奏されたけれどビッグバンドの演奏はソリッドで分厚いのがかえって災いして曲全体に妙な迫力と元気がみなぎってしまい、原曲のアンニュイな世界からは遠くなってしまった気がする。やはりこのデモテープとアルバム「吉田町の唄」の完成品の間を行きつ戻りつ、この独特の世界にトリップしながら味うのがいいかもしれない。

2020.2/15