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僕の車

1976年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「明日に向って走れ」 」

企業とミュージシャンの潔い関係

 ミュージシャン・芸能人の「車好き」はトテモ多いが、拓郎の「車好き」は、普通のカーマニアたちとはちょっと違っていて面白い。例えば、松任谷正隆あたりに代表される多数派のカーマニアは、車に、フォルム、機能、優雅さ、骨董的価値などあらゆる点での究極の美を求める。ビンテージな美を自分のものにして従える征服感とでもいうべき、ちょうどトップモデルを恋人に連れてパーティに出かけるような誇らしい気分なのではないか。
 どうも拓郎は違うようだ。広島から車で上京し(「車を降りた時から」)、通りすがりにジャガーを即買いしたりと車への愛は深いが、反面で、運転が大嫌いだったり、車庫入れができずに途中でヘタレて帰ってきたり、遅く走らせ追い抜かれることに生きがいを感じたりと、かなり変わっている。カーマニアのような美の征服感とは無縁のようだし、見せびらかす恋人というより、愛しつつも、時に振り回され手の焼けることもある「相棒」のようなものではないか。
 それにしても、この「僕の車」の発表当時はそれなりに驚いた。作品の途中で松任谷正隆のバンジョーを合図に全く別の曲になってしまうところも驚いたが、それよりなにより、どう見てもホンダシビックのCMソングだ。頼まれもしないのにCMソングを作るミュージシャンというのを初めて見た驚きだ(爆)。・・その後も見たことない。
 拓郎によると発表前に、ホンダに問い合わせて、車名を使う許可を得たらしい。しかし、とうとうCMソングにはならなかった。「ウィスキーコーク」を歌った矢沢永吉にはコカコーラの、ユンケルで風邪を治すと豪語したタモリさんは、ユンケルのそれぞれCM依頼がやってきたというのに。・・・ということで私は長いことケチな会社としてホンダを恨んでいた。
 しかし、それから24年後の2000年、ホンダがシビックを復刻リニューアルする際の、小さな宣伝パンフに、拓郎のことが記されていた。拓郎が、当時、特別注文の「黒」のシビックに乗っていたこと、「僕の車」という歌を作ってくれたことへの謝意と遅まきながらシビックのキャンペーンソングとする告知が温かい文章で記されていた。
 ・・・そうか。御大にはCMソングにしてもらう下心などはなく、ホントに心から「気ままな世界」であるシビックが好きだったのだ。そしてホンダもそんな拓郎にガツガツと飛びつくことなく、静かに感謝を持ちつづけてくれていたのだということが伝わってきた。思えば、興味もない商品の宣伝のためにミュージシャンと企業がタイアップしてお互いにWIN,WINとかほざいて儲けることばかりに慣れてしまった現代を思う。そうすると「吉田拓郎」を売ろうとしない歌手、「吉田拓郎」で売ろうとしない企業。しかし両者の間にある愛着と敬意。なんかとても清いものではないか。
 そのホンダの宣伝パンフは、この拓郎の作品が、「時代を変え、人を変え、歌い続けられることを心より願います」と結んである。ホンダ。美学のある会社だと思う。ってどっちなんだよ。

2016.1/9