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Baby

1978年
作詞 松本隆 作曲 吉田拓郎
アルバム「ローリング30」

天才たちのカジュアルWORK

 二段の重箱に小鉢が添えられた名曲の松花堂弁当と言われるアルバム「ローリング30」。誰も言ってねぇよ、そんなこと。そんな豪華な食材の中ではとても地味な扱いのこの作品。なにせ名曲「言葉」と傑作「無題」の間に挟まれているのだから霞んでみえるのも仕方ないか。
 タイトなスケジュールのために、それこそ松本隆がホテルで詞を書くそばから御大が即興のように曲をつけて、そのままスタジオでレコーディングしていったという突貫”わんこそば”のようなロックウェル伝説。”Baby”という安易なタイトル、サビからして、なんか粗製されたテキトー感が漂う。違ってたらすまんが。しかし、性急に作ったということと作品のクオリティは全然別のものだ。性急に作ったからこそ、作為や謀略を巡らす時間もなく、素の言葉とメロディーがそのままに溢れているに違いない。その意味で、二人の天賦の才がうかがえる作品だ。
 霧の中、鉄橋をこえてゆく寝台車を舞台に描く叙景の見事さ。”君の心が石になる朝 僕は探せぬ場所に消えてる”…うまい。”君はいつでも飛びたがってた 僕いつでも落ちたがってた””宙ぶらりんのベッドの上で心と身体もつれあってた”…絶妙に語られる二人のすれ違い。”僕たちはもう違う線路で違う明日の駅を待ってる”やがて斉藤由貴「卒業」にもつながるプロット。さすが松本隆の独壇場。こういう言葉がサラリと出てくるところがたまらない。
 特に、さり気なく歌われる“声を殺して枕を抱いて泣ける優しさ男らしささ”…思うに松本隆の功績は、昔だったら「男のくせに女々しい」と蔑まれる感情や行動を、いや、それこそが人間らしい誇らしさなのだと解放してくれたところにあるのではないかと思う。”男らしさの権化”というイメージで誤解される御大だが、そのイメージ打破にも大いに役立ってくれていたのが松本隆だろうと思う。
 そして、忘れちゃいけない、短時間ゆえに作ったというよりも、御大の身体の中から溢れ出てきたと思えるようなメロディー。50年代のアメリカンポップス、R&B…御大の身体に沁み込んで熟成された音楽がプレーンの状態で身体の中から出てきたかのようだ。このメロディーに寄り添い弾むような演奏もたまらなくいい。
 おそらくこの作品はライブの方が断然いいに違いない。一度もライブで演っていないのだがそう確信する。それも、ビッグバンドや武部・鳥山グループのようなカッチリとしたバンドより、あのオリジナルのロックウェルのミュージシャンたちとライブハウスのようなラフな場所でのセッションこそベストな気がする。「はい、エルトン」「徳ちゃん」とか言いながらファンキーなアドリブが飛び交う中でこそ最も生き生きと動き出す。そして、御大も、力まずに、できるだけだらしなく軽めに歌えば歌うほど、カッチョイイに違いない。とついつい勝手な妄想をしたくなる。地味な小品ながら実は含蓄と広がりのある作品なんだと思う。想い出そうよ。

2017.7/2