ありふれた街に雪が降る
作詞 石原信一 作曲 吉田拓郎
アルバム「吉田町の唄」
ありふれた景色を描く、ありふれぬ名曲
なんと美しいメロディーなんだろう。何かを大切に愛おしむような優しいメロディー。いつまでもこのメロディーに浸っていたいと思わせる。こんな名曲が、シングルカット曲でもなくタイアップ曲でもなく、何の冠もないままひっそりと収められている1992年8月発売のアルバム「吉田町の唄」。タイアップといえば、このアルバムの中でタイトル曲「吉田町の唄」が「ミツカン酢」のCMソングとなった。しかしあの稀代の名曲が「ミツカン酢」・・・何かが間違っていると思うが、ここの本題ではない。ましてそのCMに出ていらした山岡久乃さんは大好きだ。
90年代前半に集中的に拓郎と共作を果たした作詞家・石原信一。寡作ながら粒よりの名作が揃いだ。中年の厳しい現実を描きながらも、そこにうっすらとカッコよさと希望を滲ませるという独特の技。そんな彼の詞が拓郎の美しいメロディーを導きだしているような気もする。
「雪」の詞を書きたいと拓郎に申し出でた石原はすぐに後悔する。拓郎には「雪」と「外は白い雪の夜」という超絶の名曲が既にあるからだ。悩み苦しみながらも石原信一は「夕べ喧嘩した共同生活中の男女が、朝雪が降っているのを見て、なんとなくもう一度やりなおせそうな気分になっている」という情景を描く。
拓郎との曲作りのやりとりが当時のファンクラブの会報の記事に残っていて、これがまた素敵だ。
拓郎は石原を「ねぇ、こんな可愛らしい夫婦をしてるんだ?」と冷やかし、二人して都会の雪は「いたずら」なのか「いじわる」なのかと小一時間もめたりもする。そしてメロディアスな名曲が出来上がる。石原は二人の会話をこう記した。
「『いい曲だね。』デモテープをプレイバックしてつぶやいてみた。
『うん、いい詞だ』拓郎も言った。」
このあたりの二人の関係、そして何よりさりげなく「詞」を讃える拓郎の素敵さが胸に沁みるシーンだ。かくしてこの作品はひっそりとしかし確かに作品として完成する。
この作品に限らないが、このアルバムの特色として拓郎は「石川鷹彦」のアレンジとプレイが絶妙にアシストしてくれたことを語っている。この曲の間奏と後奏を彩るギターのような音色は「ブズーキ」という楽器らしい。stonesの♪paint it blackの前奏と同じ楽器だ。確かに絶妙なアシストだ。この曲は「雪」と「外は白い雪の夜」と並んで何の遜色もない「雪三部作」の一角をなす逸品だと思う。ステージで歌って泣かせてくれ。
2015.9/21