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あの娘に逢えたら

1977年
作詞 吉田拓郎 作曲 吉田拓郎
アルバム「大いなる人」

役員室午後3時のころ

 1977年11月発売のアルバム「大いなる人」の一曲目を飾る。同アルバムのシングルカット「カンパリソーダとフライドポテト」のB面としてもカップリングされた。1977年といえば、ちょうどフォーライフレコードの社長に就任して会社再建のためにステージ活動を離れ社長業に忙殺されているころだ。拓郎を神格化していた偏屈なファン(ああ、自分も含めて)や富沢一誠等の評論家からは「『クリスマス』『ぷらいべえと』など企画モノばかり出しやがって」、「陽水の大麻事件では、社長として平身低頭お詫びしていてカッコ悪い」、「泉谷はフォーライフを脱退して拓郎は見捨てられた」という逆風事象で思いっきり冷たい風が吹いていたころだ。拓郎は、拓郎でインタビューで「本格的に社長になるために経営学を勉強したい」なんてことを言ってて驚いたものだった。
 このアルバム一曲目のこの作品を聴いたときは、かなり衝撃だった。今までとは違うムーディで大人の香りのするサウンドに驚いた。今までの吉田拓郎の作品は、基本的にジーンズにスニーカーにダンガリーシャツで歌う姿が浮かんだが、これはスーツ姿の拓郎が浮かぶ。当時の新譜ジャーナルに白スーツに白エナメル靴といった、どこかの残念なホストのようないでたちの拓郎の写真が載っていたが、まさにそのとおりイメージだった。成熟し、今でいうとバブリーで少し退廃の影も差すような大人の色香。これまでの松任谷正隆や瀬尾一三とは違う、鈴木茂独特のアレンジが映える。
 「新宿あたりで見たって噂に誘われ」と歌うが、吉田拓郎はいつだって「原宿」のはずが、この歌では「新宿」だ。ここにも大人のデカダン臭が漂う。
 しかし、雰囲気の違いはあるものの、こうして今聴いてみても実に丁寧に作られた成熟した作品である。何より拓郎の声が素晴らしい。ライブなどで聴かれるシャウトするときのザラついた声もいいが、このアルバムの声はとてもマイルドでメロウだ。死語か。とにかくボーカルが実に安定していて、伸びやかで気持ちいい。なにより余裕が感じられる。間奏がドラマチックに開けて「夜が明けまぶしさが目にぃぃぃぃしみる」ここのところのボーカルの伸びが特に気持ちいい。
 本人の言によれば、この曲もアルバムも「かなり評判は悪かった」そうだ。本人としては納得いかずに、発表から3年後、リベンジとして1980年の秋のツアーで意表をつくように演奏され歌われた。演奏もボーカルもタイトで良かったが、全体の印象としては、原曲の持つ少し退廃したようなムーディな味わいが消えていたのが少し残念だった。この作品は、社長業に忙殺され、音楽への「渇望」が歌わせた作品なのかもしれない。

2015.11/1